<通訳業の恐怖>
 辞書が使えて、訳すのにたっぷりの時間を使うことも可能な翻訳業と違い、通訳業は、その場で瞬時の Translation をしなければなりません。だから私が技術通訳の仕事を始めたばかりの頃は、仕事の前の晩「明日、もし知らない単語が出てきたら、どうしよう。知ってる言葉でも、すぐに出てこなかったら・・・?」と、不安で寝付けないこともありました。本当に、講義通訳などで、シーンと静まり返った講義室に、マイクで私の通訳する声がひびき、その時「ふっ」と、頭の中が真っ白になって次の言葉が出てこなかったら・・・想像しただけで、恐ろしいですね。

<私の辞書的生活>
 だから、そういう目に遭わないためにはどうするか? 私は常に、自分のボキャブラリーのメインテナンスを心掛け、ボキャブラリーを増やす努力をしています。とにかく、自宅内の自分のよく行く場所すべてに辞書を置き、TVを見ていても、料理をしていても、就寝前に雑誌を読んでいても、頭の中ですぐに訳せない言葉が出てくるたびに辞書を引いています。
 もちろん自分の知っている単語を引くことが多いのですが、仕事で使うような専門的な単語は日常使わないため、こうして自分の生活の中で常に意識的に接していないと、いざ本番の時に口をついて出てこないのではという不安があるからです。ですから、すでに知っている単語でも、自分の頭のなかで瞬時に訳せなければ、そのつど確認し、常に自分のボキャブラリーのリフレッシュをしています。
 ボキャブラリーの増やし方でも、同じ方法が使えますから、TVや雑誌で知らない言葉を見つけたら、すぐに辞書を引いて覚えようとします。覚えるのが困難だと思う言葉なら、(これまた辞書と一緒に置いてある)メモに書きとめて、何度も見れるようにしておきます。で、果てしなく毎日のように、この作業をしているわけです。
 これって、大変そうに思うかもしれませんが、習慣になっちゃうと苦でもナンでもなくなるので、お勧めですよ。
 そういった意味で、この PE という雑誌は、私のような研究者でも技術者でもない人間にとっては、お仕事用の単語がたくさん載っていて、しかもご丁寧に訳まで付けてくれているので、とってもありがたい存在。連載エッセイを書かせていただいているおかげで、日本の雑誌がとっても高価なアメリカにおいて、毎号、編集部よりエアメールで、最新号をいただけてます。これって役得だわ、ラッキーって、本気で思ってますから。  と、ちょっと横道にそれましたが、それほど PE の内容には感心しています。技術者としての職場で専門的な単語を知っておかなくてはならない人、翻訳をする人、また私のような技術通訳をしたい人などは、この雑誌に出てくる単語を毎号、すべて丸覚えしていけば、ものすごい実力が付くと思います。

<知らないことは、聞けばいい>
 さて、こうして自分の語彙の維持と増進/改善に努めている私ですが、それでも知らない単語はあります。仕事の現場でそういう場面に出くわしたらどうするか?
 私は素直に相手に「聞きます」。技術通訳という看板を掲げているプロフェッショナルならば、それ相応の語彙を持っていてしかるべきだけれども、私達は辞書でもコンピュータでもないので、すべての言葉を知り尽くしているわけではありません。
 例えば以前、私はまったく専門外の仕事で、金属パイプのようなものを作る企業のセミナー通訳をしたことがあります。そこで出てきた単語が「alloy」。知らない単語だったので、説明者に聞きました。" What's an alloy?" と。すると彼は、" It's a mixture of different kinds of metal."  それで私は「違う種類の金属を混ぜた物質」と訳したら、さすが聴講生たちは専門家。誰かが「あ、合金ね!」と言ってくれました。これで問題解決。
   つまり、例え知らない単語を訳さなくてはならなくても、その言葉がどういう意味なのか、その場ですぐに尋ねて、その説明をすれば、多くの場合、相手には意味が通じるわけです。
 ただ、できれば自分の専門分野では、やっぱりカッコいい仕事がしたいですから、coagulant を「血を固めるもの」と訳すよりも「血液凝固剤」って、すらっと言いたいですね。
 ということで今回は、私のボキャブラリーの維持&増やし方のお話でした。