<仕事をしながら、知識も吸収>
 第1回、第2回と、この連載が始まってから、私が技術通訳という仕事についたきっかけや、仕事自体のこと、また、私流の語学力の維持・向上法など、ちょっと固めのことを書いてきたので、今回は「ぷっ」と笑える、現場で起きたお話しを少し、してみたいと思います。
 ちょっと前ですが、日本から車の塗装と、板金関連の人達の視察ツアーがありました。こちら、アメリカで訪ねる先は、車の塗料店や、板金をする工場など。午前9時から視察は始まり、最初に訪れたのは、サンタモニカにある車の塗料を専門に扱う大きめのお店でした。ここは販売だけでなく、中には塗料を混ぜたりする設備も整っています。
 人数が多い視察だと、ありがちなのが、後ろの方の人まで、通訳の私の声が届かないということです。この日の仕事も、人数が20人以上の上、塗料店の、塗料を混ぜたりする作業場が細長く、また、皆さん「目で見てわかる」という部分が多かったので、私の説明をしっかりと聞こうという人は、目の前の5人ほどの人達だけでした。
 まぁ、そういうことはよくあるし、おかげでこっちは同じ説明を何度もしなくてはならないことになるのですが、講義通訳などの仕事と違って、視察などの現場では、本当にクライアントのリクエストや質問に答え続けることが多いので、同じことを何度も聞かれ、答えるうちに、その道の専門的な知識や用語も、ちょっとは覚えたりするものです。

<”ちょうしょく”はどこですか?>
 そしてこの日、しばらく視察が続いたとき、後ろの方の人がつつっと前に来て、いきなり私に「ちょうしょくは、どこですか?」と聞いたのです。
 私の頭に即座に浮かんだ英語は、" Where is breakfast?" 。これ、もろに直訳ですが、瞬間浮かんだ訳が、これ。でも、同時に私の中のもう一人の私が「そんな馬鹿な・・。ここのペンキ屋さんで、朝ごはんを食べるなんて聞いてない。それに、みんな、朝、ホテルで朝食は済ませているはず・・・」「それに、いきなり、こんな塗料を混ぜる現場で、朝ごはんがどこにあるかなんて、聞くわけないよねぇ〜」と、ホンの零コンマ3秒ほどの間に、私の頭の中では「???」が渦巻いたのでした。
 そして、次の瞬間、「!そうだ、さっきの!」説明したところであったよ、こんな言葉が!と、閃きました。ある機械の前で、「ここでペンキの色を混ぜます」と訳したら、日本側の人が、「あぁ、ちょうしょくね」って言ってたことを思い出したんです。「ちょうしょく=調色」。つまりその人は、blend color=色を混ぜ、色の調節するところがどこかって、聞いていることに気が付いたんです。
 だいたい、一般人(私)に、「調色」なんて言う専門用語で質問する人、ちょっと思いやりがない気がするけれど、それでも、これをすぐさま「!」と閃き、対応できたこと、私はちょっと鼻高々でした。ちゃんと訳して、相手の質問に答えたあと、思わず「調色って言われたから、一瞬、朝ごはんかと思ってしまいました」って笑ったら、他の人達に「いやぁ、通訳さん、よく調色がわかったって、感心したよ」ですって。 

<べんは、下から出るのじゃないよ>
 また、こんなこともありました。地方のお医者さまばかりのツアーで、皆さん、毎年医師会で夫婦で世界中を視察をかねて旅行をするという、すでに、孫のいる年令のベテラン医師達6名ほどのグループのお仕事でした。
 ロスに入る前は、カンクン(メキシコの、高級リゾート)でゆっくりされ、ロスで病院を一ケ所視察、その間、奥様方は、ビバリーヒルズでショッピングという、ゴージャスなツアー。先生方も、心なしか、おっとりと優しいタイプの方ばかりでした。
 そして、訪問先の病院での設備見学が終り、心臓外科の医師との、質疑応答の時のこと。日本側からの質問で、「べんについて聞きたいのですが・・・。(私に向かって)あ、下から出る、うんち、あの便じゃないからね」「(私、即座に)わかってます、心弁のことですよね(苦笑い)」というシーンがありました。  前の「調色」と違って、聞く側の配慮が見えた瞬間でしたが、A 級の技術通訳に「うんちじゃないからね」はないだろぉ〜〜〜と、笑ってしまいました。でも、それこそ、子供に諭すように言った先生の優しい口調が、忘れられません・・・。
 次回は、また違った意味で笑えるエピソード、お届けしたいと思います。
◆おわり◆
 
*残念ながら、PE はこの号をもって休刊となりました。ただし、同じ朝日出版社内のほかの雑誌で、2001年2月より、私の新しい連載エッセイがスタートする予定です。内容は、技術通訳の話ではありませんが、そちらも楽しみにしてください。短い間の連載でしたが、ありがとうございました。