PE読者の皆さん、初めまして
「技術通訳」という肩書きで私が仕事を始めて、丸6年になろうとしています。この仕事につくための訓練を受けたわけではないので、「一般通訳」と「技術通訳」がどう違うのか、どこかで教わったわけではないのですが、まず私の仕事のきっかけと、自分なりに通訳という仕事について思うこと、書いてみたいと思いますーー。
私が初めてお金をもらって「通訳」の仕事をしたのは、1980年代初め、学生のころでした。以来私は、ときおり通訳の仕事をするようになったのですが、職歴はまったく違う方向に進みます。1984年、ひょんなことから歌手・作詞家としてヨーロッパデビューした後は、日本で芸能活動をしたりコラムの連載を持ったりと、当時は南カリフォルニア大学の理学部で、分子生物学・遺伝学を専攻していたとはとても思えない、芸能・文筆の世界でキャリアを積んでいきました。そして、もうすっかり物を書くことを自分の仕事としていた1990年代なかば、大手旅行会社に勤める友人を介して、通訳の仕事を頼まれたのです。そしてこの時頼まれた通訳が、それまでとは内容、レベル的にずいぶんと違う「技術通訳」という仕事だったのです。
アメリカ旅行中だった日本人学生が、交通事故で脳挫傷という大怪我をし、その手術後のリハビリと診察に同行するもので、専門的な医学用語の知識が必要とされるだけではなく、ひょっとしたら、その患者さんの将来に大きくかかわるような問題を通訳するという、責任重大なものでした。ただ、物書き生活をしていて、理学部時代の知識はかなり錆び付いていたとしても、努力に努力を重ねて学んで、自分の身体に刻み付けるようにして修得した理科系のボキャブラリーは、そう簡単には抜けるモノではなかったらしく、初めて経験した「技術通訳」の仕事は滞りなくすますことができました。そしてこの時、私の語学力が人助けになったという大きな喜びと、時給が良かったということで、正直言って、初めて学生時代に学んだことが paid off された気がしたものです。実際、物を書いて生活できるようになってから何度も「あの理学部時代の苦労は、なんだったんだぁ?」と、自問することがありましたから。
そしてこの仕事をきっかけに、改めて「技術通訳」としての面接を受け、 A Grade Technical Interpreterとして登録されました。私のフリーの技術通訳としてのキャリアが始まったわけです。
技術通訳になってみると
さて、そこで冒頭の「一般通訳」と「技術通訳」という違いに戻るのですが、私は「技術通訳」をする前までは、メモなどを取らずに、相手の言った言葉を頭のなかで処理し、すぐに訳して伝えるという通訳をしていました。今考えると、訳している内容に間違いはなくても、言葉、1つ1つを厳密に的確に訳していたかというと、疑問です。つまり、「こういうことを言ってますよ」という、かなりの意訳だった気がするのです。
ところが、「技術通訳」の仕事では、そんな「こういうことです」などという曖昧さでは、通用しません。言葉の1つも聞き漏らせない、訳し漏らしてはいけないような状況での仕事ばかりです。
大学や病院での講義通訳などで、前もって何の資料ももらえず、ぶっつけで「老人学」や「心臓移植手術」などの仕事を多々こなしてきましたが、いつも、学生時代にこれだけ真剣に教授の話しを聞いていたら、私はさぞかし優秀な成績を修められたに違いない・・と、ちょっとシニカルに思ってしまうほどです。
特に講義通訳などでは、身体中を耳にして、片っ端から入ってくる情報をメモに取り、淡々と訳し伝えていく自分のことを " Translation machine " のようだと思うこともあります。(通訳が人間であることを忘れたかのように喋り続ける人には、"Hey, I'm a human, too.”とか、言いたくもなりますが・・。)
確かに、私が学生の頃などにバイトでやっていた通訳では、言葉の1つ1つを的確に訳すような職人技は必要とされなかった状況だったのでしょう。両者の意志の疎通を計ることが一番の使命。また、異文化・異言語間の潤滑油たるべき役割も通訳には必要とされますから、状況に合わせた通訳スタイルがあっていいと思います。
いい通訳の秘訣とは?
そういう意味では、私が初めてした「技術通訳」の仕事は、病院で担当医と患者さん、そして保護者の方の間に入っての仕事でしたので、担当医の方から「専門的な言葉が入りますが、対処できますか?」と聞かれ、医科理科の専門用語が出てきましたが、通訳スタイルとしては「一般通訳」の場合と似ていて、会話スタイルでした。「会議通訳」という言葉もあると思うのですが、私が「技術通訳」をするようになってから多いのは、やはり会議やビジネスのプレゼンテーション、研修、そして講義形式です。
それまでは人と人との間に入った形の通訳ばかりでしたが「技術通訳」をするようになってからは、講義などでマイクを使ったり、多くの人達の前で話すことが増えました。これも1つ、この「技術通訳」ならではの特徴のような気がします。
いずれにせよ、私が「一般通訳」でも「技術通訳」でも、共通して通訳という仕事に大切だと思うのは、Flexibility、臨機応変さだと思っています。その状況、クライアントに合わせた仕事がこなせること。もちろん、仕事レベルのボキャブラリーがあることは大前提ですが、いい通訳か悪い通訳かは、その状況に合わせた対応ができるかどうかではないかと思っています。
今月から、そんな「技術通訳の私」の遭遇したことなど、簡単な読み物風のエッセイとして執筆することになりました。読者の方には、もうはるかにベテランの技術通訳者の方もおられると思うと恐縮ですが、カリフォルニアの風に乗せて、私のレポートをお届けしたいと思います。