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Baby Model Story
たからもの物語 [20] G・写真の更新、Jはコンポージット完成


 2005年7月 息子の写真、やっと更新!
 生まれた時から髪が多くて、もう、生後一年を見ずに、髪の毛が伸びちゃって、はっきり言って、ポニーテールが出来るほどになった息子に、初ヘア・カットをすることに・・・。
 7月中旬、泣きわめき、動きまくる息子と戦いながら(笑)やっと初ヘア・カット終了。で、ちょうどアトピーのコンディションも良くなっていたので、生後2ヶ月の時以来、初めて事務所に送る写真、更新できました。  

 
これがそのGの写真


 この夏は、7月〜8月と、Jは朝から夕方までサマーキャンプに行き、下の子は週に2〜3回、午後だけシッターさんに頼んで、私は新刊の執筆に没頭。子供たちのオーディションもなく、本当に、私は執筆に励むことが出来ました。
 そして、私は無事、この夏で単行本一冊を書き終え(この新刊は、諸事情で出版が遅れ、2006年の夏ごろの発売予定です)、新学期の始まる前の8月の末には、Jが4歳になった頃からエージェントに言われ続けていた、仕事用の写真(コンポジットという、プロが写したモデルのサンプル写真のようなもの)を撮影することにしました。
 なんたって、6歳になっているのに、仕事用の提出写真、4歳になってすぐに写した写真を使い続けていたんですもん、いい加減、写真を更新しなくちゃですよね(^^;)
 このプロ撮り写真には、事務所から数名のカメラマンを紹介され、私がそれぞれの人に連絡をし、撮影代とか、撮影場所を問い合わせ、どの人にするかを選びました。


2005年9月
 早いもので、Jは、小学一年生になりました(^。^)
 小学校に入って初のオーディションは、車の Kia のカタログ。さして手ごたえもなく、ダメでしたが、オーディション場所は超近所だったし、別に気にならず。

 9月の第3週は、夫がシカゴに出張で、私一人でてんてこ舞いなのにも関わらず、夫が出かけた日(月曜)には日系チャンネル用の、ANA Trading CM(これは、ママも必要で、私も受けました)オーディションがあり、下の子も連れて、ハリウッドへ。
 翌日は子供たち2人に、同じ仕事のオーディションが入りました。ものは Talbot Kids で、Jは3着、Gは2着の服を着るように言われました。ま、Jは一人で着替えられるとしても、問題はG。 
 もう、逃げる、走るで、追いかける私は汗だく。で、Jも、後ろリボンのドレスとか、けっこう親の手伝いがいる服を着なくちゃだったりで、Jを見てると、Gは、ここぞとばかり、逃走・・・。オーディション終了後、私はぐったりでした(笑)
 オーディションでは、Gの着た服は、ちょっと大きくて、また、まだちょっとアトピーが出ていたので期待はしなかったのですが、Jの方は、スタッフに「わぁ、すごく可愛いじゃない。午前中に来てた、3歳の双子の日本人の女の子と一緒のショット、出来るじゃないの!」な〜んて、具体的に撮影アイデアまで出たので、「これはイケルか!?」と思ったのですが、ダメでした。
 フリフリのドレスを着せられ、「こんなの着たくな〜い。スカート嫌いだもん!」とか、Jがブーたれたのが、いけなかったのかなぁ(汗) 

 ーーーとにかく、この夫の留守の週には、私の通訳仕事もあったり、娘の通う音楽教室を通じての、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校という大学の学生映画出演のオーディションもあったりで(セリフ付きの役をゲットしましたが)、本当に忙しい日々を過ごしたものです。

 9月末には、日本で放送用の日産のCMオーディションがありました。これには最終選考の5人にまで残ったのですが、ダメ〜(>。<)残念でした。また日本で、娘の姿を見てもらえるかと、期待したんですがねぇ。。。

 そうそう、9月中旬には、今後オーディションで使うコンポジットが出来上がってきました。
 カメラマン代と、100枚のカラー印刷代で、約500ドルの出費でしたが、エージェントの言うように、worth the money(お金をかけるだけの価値がある)として、娘の仕事に反映してくれますように・・・。
 ちなみに、カメラマンは上記に書いたように、事務所から情報をもらい、自分で選び、出来上がった写真を事務所に持って行き、エージェントにコンポジット用の写真を選んでもらい、「この写真を持って、この印刷屋さんに行って」と指示され、私が印刷屋さんにオーダーを入れるという形だったので、コンポジット作成にかかったお金は、すべて実費のみでした。
 そして100枚刷ったコンポジット、50枚は事務所がキープで、オーディションの要請の時の提出用、残りの50枚は、私が持ち、オーディションに呼ばれた時に持参する、という風に使われます。


J6歳。初のコンポージット(プロ撮りの、仕事用・提出写真)の、裏面です。

表は、彼女の大きな笑顔写真になっています。


 10月に入ると、また、娘の通う音楽教室ルートで、違う学生映画のオーディションがありました。で、この役もゲット。前の映画もそうでしたが、こういう学生映画にトライさせたのは、日本語のセリフをしゃべらなくちゃだと聞いたから。
 実際、オーディションでは、J本人は、日本語での演技がちょっと照れ臭かったようですが、ちゃんと出来て、セリフ付きの役ゲットだったので、やらせて良かったと思いました。ただ、前回受かった学生映画のロケと、日産のCMの撮影日が重なってしまったスケジュールで、もし日産の仕事、Jがゲットしていたら?・・・と思うと、今後は娘の学生映画出演はひかえさせようと、思ったのでした。
 だって、ギャラ無しとは言え、その映画を制作している学生たちには、命がけのものかもしれないのに、突然はいるオーディションや撮影のため、「行けなくなりました」なんて、言えないじゃないですか? 
 ということで、他に迷惑をかけないためにも、学生映画は、この2本で、やめる方向にしています。


10月下旬に行われた、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校の学生映画のロケ風景。


 11月上旬、同じ日の午前中に、弟のGにプリント仕事のオーディション@ハリウッド、午後5時に、お姉ちゃんJのCM仕事オーディション@ハリウッド、という日がありました(@@;)
 私たちの住む場所は、サンタモニカ近辺、ロスの西、海岸近くなので、内陸のハリウッドまで、片道30分ほどかかります。でもって、平日は、午後2時半に、Jの学校が終わるので、お迎えに行かなくちゃいけません。
 つまり、昼前にハリウッドから戻って、しばらくしてJを学校に迎えに行って、またまたハリウッドへ・・・という、運転手の私には、かなり辛いスケジュール(>。<)
 夕方のJのオーディション前に、Gはシッターさんに預けて、Jと2人、身軽にして行きました。もう、走り回るGなので、たまたま寝てくれればラッキーですが、そうじゃなければ、もう大変(@@;) それに、なんたって、このJのオーディション、G E (General Electric) という大手企業の、全米向けのCMでしたから、母の私も、力が入ったのですよ。

 ーーー次の週、Jにはコールバックがかかり、その次の週には仕事ゲットの連絡が来て、撮影。
 そしてこのオーディションから2週間後、遅ればせながら、Gにも仕事が来たのでした〜。
 同じ日に、午前・午後と2本のオーディションで、運転手のママ(私)には大変でしたが、子供2人とも仕事ゲットで、むくわれたのでした(^^)
 子供たち2人の撮影に関する詳しいことは、次に続きます〜。


  ----つづく----


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